JAFPA NEWS(会報)

JAFPA NEWSVol.69

高山植物フォトコンテスト最優秀賞「ヒメサユリ」小林和子(東京都昭島市)
高山植物フォトコンテスト最優秀賞「ヒメサユリ」小林和子(東京都昭島市)

自然の魅力をこれまでにも増して伝えていっていいものだろうか?

理事 柳生 真吾

九州最高峰・宮之浦岳に初めて登ったのは今年の5月。日本一の降雨量を誇る屋久島において、快晴の山頂からのあの絶景は、きっと一生の記憶に残ることだろう。それに文字通り花を添えてくれたのがあこがれのヤクシマシャクナゲ。これ以上ない開花の状態だった。

時代(とき)を感じたのが山ガールたちの存在。世界自然遺産に登録された屋久島は今や彼女たちのメッカだ!しかし、ただの流行だけではなさそうだ。縄文杉に行くだけでも往復10時間!山頂を目指すには小さく古い避難小屋に1泊しなければいけないほどの険しい山なのだ。そのハードな山道に響く若い女性の声。カラフルなファッション。決して悪くない。

感心したのはみなガイドと一緒に歩いていることだ。この島の歴史、屋久杉のあれこれ。登山のマナーや植物の知識をガイドたちは面白おかしく伝えている。僕自身もそのお蔭で、単独で登る100倍はこの山を理解することができたように思える。この旅の感動を、地元に帰ってから夢中で語れたのも得たものが多かったおかげだ。山ガールたちにもそれぞれ土産話を家族や恋人、友人に嬉々として伝えてほしいものである。

植物の魅力やふしぎを伝えることを仕事としている僕としては、屋久島のこんな一面はとてもうれしいことであった。山や海、花や動物と上手に付き合うということの初めの一歩はまず「知ること」と信じている。生き物たちの営みに感動し、不思議を抱くところから自然保護へのアプローチは始まる。

反面、小さく悩みが生じた。
屋久島のみやげ話を通してみな大自然の魅力を感じ、畏敬の念も持ってくれた。さらにその人は友人にそれを伝え、インターネットで拡散し爆発的に情報が広がる・・・そして大勢の人が屋久島に興味を持つことに・・・とてもうれしいことだが・・・

押し寄せる人の数に島の環境が追い付かないという問題がある。たとえ屋久島の自然を愛する人たちが、みなマナーを守ったとしても懸念がいくつか。踏圧、トイレ、ストック、ごみ・・・ちりも積もれば山のような問題だ。

果たして、自然の魅力をこれまでにも増して伝えていっていいものだろうか?どんどん屋外での啓蒙活動を進めていいのか?そして自然遺産の登録をどう考えたらいいのか?

屋久島から帰ったあと、そんなことを小さく悩む日々がつづく。


平成24年度通常総会を開催

平成24年6月2日(土)、東京都千代田区の都市センターホテルで午前10時から理事会、午後1時30分から通常総会を開催しました。

理事会は、白簱会長が体調を崩し欠席されたことから、日比野副会長が会長代行として議事を進めました。

日比野会長代行は、「日本高山植物保護協会は、設立から25周年となる。設立当初の会の最大の課題は人による高山植物の盗掘であったが、その後、高度経済成長や温暖化など環境が変わり生態系が著しく変化して、今はシカの食害が大きな問題となり、いろいろな対策を講じているもののシカの食害は一向に改善されない状況にある。これからも、関係団体等とも協力し高山植物の保護に一層努力していかなければならない。」とあいさつを述べ、議事に入りました。

理事会では、通常総会への提出議案が審議されましたが、次のような意見が交わされました。

○高校総体が静岡であったとき、高校の山岳部が3000m級の山へ登り大変興味をもってくれた。そんな人達が会員になってくれたり、大学の山岳部などと協力し合う組織がつくれたらと思う。

○協会は25年前に立ち上げ活動を続けてきたが、これまでに築いた財産を若い人達につなげ、再生することも考える必要がある。若い人達に引継ぐ体制作りも必要ではないか。

○来年3月に予定している静岡での「高山植物保護サミット」に期待している。ぜひがんばって頂きたい。

○昭和大学北岳診療部の学生さんも入会して頂き「昭和大学北岳診療部支部」が設立された。これからもいろいろな機会を通じ1人でも多くの人達に裾野を拡げてくれる事を期待したい。

○昭和大学北岳診療部の学生さんも入会して頂き「昭和大学北岳診療部支部」が設立された。これからもいろいろな機会を通じ1人でも多くの人達に裾野を拡げてくれる事を期待したい。○白馬岳にも昭和大の診療部があるとのことなので、支部を作ってくれるとありがたい。

等、熱心に話し合いが行なわれました。

通常総会は、高橋事務局長の司会で始められ、日比野会長代行のあいさつの後、来賓としてご臨席いただいた関東地方環境事務所野生生物課課長補佐 三宅雄士氏、山梨県知事代理 山梨県森林環境部次長 守屋守氏からご祝辞を頂きました。

来賓祝辞の後、議長に日比野静岡支部長が選任され、議事に入りました。第1号議案(平成23年度事業報告並びに決算報告の承認に関する件)、第2号議案(平成24年度事業計画並びに収支予算案の承認に関する件)が、原案通り承認されました。

なお、平成24年度収支予算の執行に関し、定款第48条第2項及び第49条の規定に関らず、予算の執行に関する下記の事項は、会長の専決事項とすることを決議しました。

1.予備費の使用が30万円以下の場合。2.科目間の予算の流用。3.公的機関からの業務を受託する場合の協定書の締結及びその受託業務に関する予算の追加及び更正

第3号議案(役員の退任及び選任に関する件)では、一身上の理由で退任を申出ていた吉岡尚也理事の退任が承認され、新たに真鍋好熙氏が理事に選任されました。

総会議事終了後、大内京子会員により総会決議案が朗読提案され、満場一致で採択されました。

続いて、恒例となりました高山植物フォトコンテストの入賞者に日比野会長代行から盾と賞金が贈られました。

また、記念講演では、(財)服部植物研究所島田分室 評議員・研究員 理学博士 鈴木直先生が「高山のコケ」と題し、顕微鏡写真を交えて、私達が直接には目にすることのできない珍しい高山のコケを、パワーポイントを使って説明いただき、参加者は興味深く熱心に聞き入っていました。


【特別寄稿】女性最高齢のエベレスト登頂記録を更新して思うこと

渡辺 玉枝(山梨県富士河口湖町 当会会員)

記録の更新という考えは私の頭の中にはなかった。10年前はネパール側から登っている。なら、「今度はチベット側から登ってみたい。チベット側のルートはどんなだろう。」そんな単純な思いである。10年も開いてしまったのは、腰推損傷という2005年の怪我で暫くは山登りも出来ず、ひたすら回復を待っていた。激痛7時間半に及ぶ手術後も劇痛から解放されるまでの1年余りは、1日3回の痛み止め薬の服用、座薬の使用、入眠剤の服用とギブスで上半身を固定しての辛い日々、医師の「山歩きにきっと復帰できます。」という言葉を信じての日々であった。手術から2年以上経過し、軽い山なら歩けるようになった2008年の5月に、田部井淳子さんから「6月にモンゴルのフィテイン峰に登る計画があるのでぜひ行きましょう。」との誘いが来た。アルタイ山脈の最高峰標高4374m、術後の身体を試すには格好の山かも知れない。二つ返事で仲間に入れていただき、モンゴルへと向かった。

BC周辺は綺麗なお花畑であり、そして短いながらも氷河もある。暫くぶりになんとかアイゼンを着けた靴で氷の上、凍てついた氷河を辿る。この感触が堪らない。やはり雪と氷の山は素晴らしい。この調子ならなんとか雪山に復帰出来そうという希望が出て来た。

それからはひたすらトレーニングの日々、と言えば格好は良いのだが、そうは行かないのが私である。家の回りの少しばかりの畑を耕したり、草花の手入れ、時々出掛けるネイチャーガイドの仕事で大きな計画はなかなか立ち上らなかった。ふと昨年の暮、自分の年齢を考え、今を逃すともう大きな山というのは無理になるだろう。最後のチャレンジとなるかも知れない8000m峰をもう一度試してみたい。そんな気持で過去何回か同行していただいている村口さんに相談してみた。運良く2012年春の村口さんのスケジュールは空いていた。問題はトレーニング不足の私の身体なのだが、それを余り問題視せずに計画を進めていると、チベット側からの入山者で60歳以上の人には健康診断書の提出が必要と言われた。悪い結果が出たらどうしよう、普通の病院では出して貰えない診断書故ちょっと心配したが、高所医学に詳しい医師が新宿の病院に居られることを思い出し、そちらの病院で検査を受けることにした。診断書をいただくまでは結果が心配だったが、なんとかクリアできた。早速診断書を中国へ送付、ようやく2月の中旬過ぎに登山許可が下り、3月末には日本を出発した。

今、旅の日記を見て見ると、1週間のネパールでの高度順化の最終日に雨に濡れて、風邪を引いたのか、チベット入り直後から私は熱発で、同行の村口さんにはかなり心配を掛け、また世話も掛けてしまっている。忍耐強く私の不調にもつきあってくれた村口さんには本当に心から感謝である。村口さん同様に体力、経験、人柄すべてに全幅の信頼おける馴染みのシェルパさん達と行動出来たことも今回の登頂に繋がったのだと思う。驚いたのは登頂してアタックキャンプからノースコルまで下山して来る途中、何人かの人に「登頂おめでとう」と声を掛けられたことだった。登頂した事が、その翌日には山の中の多くの人に知られているということ、それはラジオのニュースしか考えられない。私達が登頂した時、同行のシェルパさんがカトマンズの会社に衛星電話でしらせたのだろうか?気付かなかったけれどそれしか考えられない。登頂した翌日7300mのノースコルで多くの人はラジオニュースによってそれを知ったらしい。

同一のBC、中間キャンプ、ABCを利用した私達国際グループは総勢9名中登頂者は3名、意外と低い登頂率だった。

中国側では今年死者は出なかったようだが、気候の関係かネパール側では落石による死者が何人か出ており、後半になってから登頂者が増えているという。全体的には荒れたエベレストだったらしい。有名な登山ガイドのラッセル・ブライスさんが、登山の途中で顧客の生命に危険があるとして自分のお客さん総てをキャンセルしたというニュースも入って来た。

私達のBCからの下山は陸路を車で国境のザンムーへ、ザンムーで一泊後国境を通過してネパールのコダリへと入った。BCから二日目の午後にはもうカトマンズのホテルで休めるなんて、ネパール側しかしらなかった私には驚きである。

カトマンズの市内に入る手前で突然車がUターン、NHKの取材が入っていた。翌日もカトマンズ市内で記者会見、40社位来ているということでこの日も私は次々と質問を受け、対応に追われた。山ヤは山に居る方が落着く。早々にカトマンズを脱出して帰国したものの今度は日本での取材攻勢である。

今回のマスコミの取材にはホトホト参った。私は住んでいる町の依頼で、地域の小・中学校を回り、一時間位づつ登山の話をしたが、最後に「質問がある人は手を上げて下さい。」と言うと、「はい、はい、」と元気に手を上げて質問してくれた。特に小学生は質問が多くて、とても全部に答え切れなかったけれど、子供達はどんなことを知りたいのか、私の参考にもなった。こういう子供達が成長して、環境に興味を持つ大人になってくれたら嬉しい。またこの子供達の中から将来有望なアルピニストが誕生するかも知れない。環境問題に取り組む科学者が誕生するかも知れない。これから成長して行く子供達に、その将来に大いに期待したいものである。


平成23年度フォトコンテスト 入賞作品(全10点)

最優秀賞「ヒメサユリ」小林和子(東京都昭島市)は、表紙に掲載させていただきました。

優秀賞「村雨に咲きしヤナギラン」
高橋秀子(東京都大田区)
優秀賞「オオバタチツボスミレ」
大内京子(千葉県我孫子市)
入選「ミヤマキンバイとイワツメクサ」
村野長市(千葉県野田市)
入選「レンゲショウマ」
大平昭善(東京都府中市)
入選「白馬への花道 ハクサンフウロと小蓮華山」
海野淑子(東京都府中市)
入選「露に濡れし コマクサ」
村上浩二(青森県青森市)
入選「タカネマツムシソウと赤石岳」
浅原 勝(埼玉県日高市)
 
入選「ミヤマフタバラン」
中山厚志(長野県佐久市)
入選「シロバナタカネビランジと悪沢岳」
鈴木文夫(静岡県富士市)
 

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