JAFPA NEWS(会報)

JAFPA NEWS Vol.74

「平成25年度観察山行 八方尾根 栂池自然園で観察する参加者(2013年7月28日~29日)」
平成25年度観察山行 八方尾根 栂池自然園で観察する参加者(2013年7月28日~29日)

「山の日」制定に向けて

北アルプス燕山荘 赤沼 健至

北アルプス燕山荘の経営に携わるようになりまして38年になります。燕山荘は、春から初冬にかけてのシーズン営業の他に、燕岳が雪崩の危険が少ない山域ということもあり、年末年始の営業も行っている営業期間の長い山小屋の一つです。

この環境に長い間身を置いていますと、冬の3,000m級の北アルプスは、「世界一風が強く、また世界一雪が積もるところ」と言われていることは本当のことと実感できます。5月のゴールデンウィークに「積雪はどのくらいありますか?」とよく問い合わせがあります。「稜線は、風で飛ばされてしまうため雪がありません。しかし、一年中で一番雪の多い全くの冬山です。」と答えると皆さん大変驚かれます。雪が降らない「春山」だと思っている方がほとんどだからです。いつ「春山」になるかと申しますと、森林限界を超える2,500m以上の高所では、ミヤマザクラが咲き新緑の世界になる7月の10日頃なのです。雷鳥も雛がかえり新芽をついばみ始めます。雪が降る頃を冬としたならば、10月から6月までは冬山なのです。従って、7月、8月、9月の短い期間の中に春、夏、秋があるのです。ここには、この過酷な環境に適応した動植物しか生息できません。すべて長い年月をかけ智慧をつけて自分の体をこの環境に合わせてきたものたちばかりです。

昨年から「山の日」制定へ向けての機運が高まり、国は8月11日、長野県は7月最終の日曜日とする答申を提出しました。世界のどこの国にもない「山の日」制定は素晴らしいことです。登山は子供から高齢者まで、また、親子三代にもわたりご家族みんなで楽しめるスポーツです。自然に触れると感性が高まり子供の教育に欠くことのできないものです。また、スポーツとしてとらえるばかりでなく、山を考える、自然を考える日でもあるべきです。台風や大雨による洪水があると山の崩壊とともに大量の木材や土砂が海に流れ出し、牡蠣などの養殖場が大打撃をこうむるなどの例もあります。海のない山岳に住んでいるとこのような情報は入りません。山から流れ出る水は、もとは海から蒸発した水蒸気です。自然の循環を考えると山も海もつながっています。さらに、空も空気もつながっています。酸素を供給する緑の植物は唯一生産的です。二酸化炭素を出すあらゆる生命体に酸素を供給しています。山を考えることは自然を考えることにつながります。そこで大切なことは、自然に対する正しい見方、考え方やマナー・ルールがあげられます。伝えるのは日本高山植物保護協会(JAFPA)の大きな役割です。

「山の日」を、経済効果の面ばかりでなく、深く自然を見つめ、考える日になることを願います。


新井和也君の残したもの

三つ峠山荘 中村光吉(当会理事)

昨年、私達の盟友、新井和也君が亡くなった。会報でも報じた通り、山岳誌やテレビ等、様々なメディアで高山植物保護や自然界のメッセージを伝えていたが、その時も剣岳での取材の最中だった。それから2、3ヶ月は彼の生きた生涯がまだ生々しく、彼について何かを書いたりする気にはなれなかった。しかし少しずつ、山岳雑誌の編集長達と話すうち、これまで彼が送り続けたものは、雑誌社等のマスコミ社会に対し自然界の事を伝える、大きな存在になっていた事を、周囲から私に伝わってきた。それらのことを誰がこれからできるのか?私の周りを見渡しても、彼のように植物学的な知識やロッククライミングまでできる、自然界に対し広範な知識や現状を知っていた人は非常に少ない。

新井君とはいろいろな所に行き、また、彼の取材してきた保護のありようや新しい知見、行政への対応等々は、ほとんど私にも送られてきた。考えて見ると、この10年来それら全体は私が一番理解していたのかも知れない。

その新井君が私の所に初めてきたころ、まだ独身で情熱は有るのだが、盗掘されていた事等の怒りをどこに向けるのか、誰に保護の必要性を伝えるのか?彼にもまだよくわかっていなかったと思う。

私は当時から、山梨県のアツモリソウ属の調査員で、山梨県は早くから当時の知事であった望月幸明氏によって条例が作られ、アツモリソウを護る体制ができていた。しかし当時は河口湖近くに山野草を販売している店等も未だ多くある時代で、社会が高山植物と言う生活とは直接関係無いことに対し、保護の必要性、重要性に対しての意識が全く無かった。

その当時から、長野県の富士見町では毎年のように、全国から800鉢のアツモリソウを集め、入笠山の山頂ロープウェイ駅で展示されていた。当然売るためである。JAFPAからは長野県庁に盗掘を煽るような展示は止めるように毎年申し入れていたが効果はなかった。

新井君にそれを伝えて、まず取材をするように勧めた。当然、山渓の記事も書いていたから、それらの関係であることを伝えると、当時、富士見町の自然ロープウェイなどの広告を、町で山渓に出していた事もあり、それらの取材には、圧力を受けたようであった。

しかしそれで又、彼が社会の構造上の問題であることを理解した。

それから、しばらくして私に、隠れた保護でなく盗掘の問題を広く皆に伝えて、国民の共有財産ともいえる高山植物が一部の者により奪われ売られている事実を伝えようと提案してきた。

私も当時、以前よりJAFPAのメンバーの数人の方達だけとパトロールするのだが、毎年のように巧妙なやり方で数本ずつ盗られ保護の方法に限界を感じていた。以前は足の踏みばも無いほどあったのだ。

少し逸れるが、三つ峠のパトロールは数キロの距離を数時間かけて廻るのだが、花の時期、山草会のグループや、明らかな盗掘業者と出会う訳で、当然私を見ると別な方に行ってしまう。それも大概、私が1人の時にそれらの人に出会う。

盗掘がなければよいが、後で盗掘を見つけた時、大きなストレスとなる。私の父は花の時期必ず、胃腸薬を飲んでいたのをよく覚えている。そんな事もあり私も当時のパトロールの在りように限界を感じていた。新井君の提案を受け入れて、では、どの様に社会に伝えるのか二人で話し合った。彼はその時、既に山渓の記事を出すために新年号の巻頭を確保してあり、カラーで北岳のアツモリソウ等や、私のページも用意されていた。今でも良く覚えているが、タイトルは「希少植物の盗掘は防げるのか。」だった。盗掘の先の売買までを、取材した内容で、当時山関係の雑誌ではそこまで踏み込んだ記事は無かった。大きなアツモリソウの株に99万円の値札が付いた長野県の山草店の写真も衝撃的だった。

当時三つ峠ではアツモリソウの花は目立たないように袋の部分、唇弁とも言うがそこを取り除いたり木の枝で覆い隠していた。唇弁が無いと交配の為にマルハナバチが入る事が出来ず、許可を得て人工交配を優性な個体同士でし、虫害を防ぐ為種子に袋掛けをした。

記事を出したことで、最初余り協力的でなかった山梨県以外の地権者の方々に記事の本を見せて、皆さんの土地から盗られた植物がこのように売買されていると伝えて、柵の設置に同意して貰ったこともある。

最初は柵の必要性等を説明に行くと、皆さん70代位の方々だから、自分達が若い頃はお花畑で休んだ等と言って、希少植物の重要性も知らず、取り合わなかったのだ。

櫛形山の場合違う市町で境界を接する為、それぞれ利害があり、アヤメ祭等場合によってはアツモリソウ等よりもアヤメの方が優先順位が高くなったり、いろんな調整が上手くいかないうちに、アヤメも含めて、貴重な植生がニホンジカの食害で失われてしまった、地権者達の自然界に対する理解は重要なのだ。

新井君の記事のおかげで自然界や全体のあるべき方向を記事で手早く説明出来た。盗掘する者の心理として花を見つけた時、自分だけがそれを見つけたと思い、盗ることに抑止力はないが、それは昔のことで、現在は明らかに盗掘が目的で入山していて、それぞれの個体を誰か調査したり保護したりしている事が分かっても、抑止力にはならない。柵がなければ入ってもよい印象を与えて、私が注意しても、柵がないから入ったと、答える。

それらも記事を出す事で、三つ峠にはアツモリソウが有る事を誰しも知ってしまうから、記事を出すことと柵の設置はどうしても必要な事であった。

また、彼と話し合い、県や環境省の方達のコメントや考えを記事に出すように心がけた。そうしないと行政の後押しを得られにくい。それと同時に私達や担当の方々で問題を共有し、同じ方向に保護を進める為だが、それも思うように進まない。

丁度この頃、以前より毎春、東京ドームで世界ラン展が開かれて、同じラン科植物であるアツモリソウを保護している私は、大きな矛盾を感じていた。

まず大手の新聞社が主催しているラン展、どこでもそうだが、人工的に栽培したランを展示や販売し、それに優劣をつけている。それをNHKが会場から中継して、そこに、今日は宮様が来たとか言っているが、台湾の業者が違法な売買で逮捕されたことも聞いた。何よりも自然界の事から離れ、全て人間の栽培したことを自慢しあう巨大な産業構造の頂点だ。

以前から東京の山草会がよく花の時期に訪れ、自分達が増やす方法を知っているから手伝いたいと言って来た。一人二人が私と話している間に他の数人はちょっと見て来ますと居なくなり、後で見回ると盗掘されていた事等もあり、山草会と言うのは、彼らの中では盗るのは当たり前で、ラン展の最大の客層は彼らでもある。どう考えても、そういう展示が続いていると、盗掘を助長しているとしか、私には考えられなかった。

一度、山荘に来た方と何故保護が必要なのか話すと、自分もそういうことは良く知っていると言う。ギンランをラン展で買ってきて持っているからだと言う訳だった。

そんな事が毎年盛大に開かれ、私は彼らに、盗掘や踏み荒らしで、振り回されている。このままで良いはずも無く、一度新井君と実状を見る為と私達の活動を知って貰うためにアポイント無しで会場に行った。自然界や保全に関するブースも本当に有るにはあったが、○○山草会がやっているみたいな、自画自賛で意味は無かった。

アツモリソウ属は英語ではレイディススリッパと袋部分をスリッパに見立てた事から、アツモリソウの仲間に西洋風のドレスを着せたコンテストもあり、見ていて花が可哀そうになった。

新井君と展示の主催者の所に行き、私達が来た理由や改善してもらいたい事等を言うのだが、何故そんな事を私達が、言いに来たのか理解されず、担当の方が代わるだけで話にならない。丁度、その時入ってきた皆さんから顧問と言われていた齊藤亀三氏と話が出来た。氏はラン懇話会会長であり、IUCNラン専門部会の日本の事務局も務められ世界的に知られた方で、私達の話を良く聞いてくれた。そして今後、私達の提言も展示に取り入れると言って、丁重に見送ってくれた。

その後、数年して環境省主催のランの保護事例を幾つか発表する新宿御苑の会場に私達を発表者として招いてくれた。その会では私達以外の事例は、相変わらず、前述の富士見町のアツモリソウを世界に、みたいな事を地元の園芸高校の生徒に言わせていた。

私が自生地の復元のためササやテンニンソウの抜き取り等、以前の植生に基づいてバランスを考え保護すると、アツモリソウは増加すると言うのだが、相変わらず、何を栄養剤にしたのか?みたいな質問をされた事を良く覚えている。

齊藤氏は、私がそのような自生地の問題を発表する事も理解されていた様子であった。

これまでの栽培種を流通させて安価になれば野生種の保護になるという栽培家達の作った理屈に一石を投じたと思う。

どうしても関係する大学の先生方は、それぞれ研究を通じ、業績を認めて貰いたい気持ちが有り、また、市場に流通する部分では、様々なバイオ関連の企業から研究費を貰うために、そんな流れになってしまったところも有るように思う。

もちろん当協会の理事の岩科先生等、全体を見通す先生もいる。また、新井君も親しくしていた京大のラン科の虫媒を研究している末次さんは、大学から研究費も出して貰い精力的に研究している。保全生態学と言う学問分野も出来て、これまでの自然を人間が利用するだけでは、とても地球がもたない事、誰しも思うところだ。

5年位前から山頂付近のヒロハツリバナの樹皮が激しくニホンジカの食害にあっている事を、蝶の研究者の御法川氏が最初に気がつき知らされた。当時、南アルプスでは既に問題になり、いよいよ三つ峠も、と、新井君と話し合い、まだ間に合うと直ぐ県の担当者等に来て貰い現地を確認した。環境省の担当者であった岡島氏に相談すると丁度その年度に使える予算があり、最初の部分を三百万円出して貰った。後は河口財産区等、地権者や企業、ボランティアファンドなどの基金で、次々、必要なエリアが三つ峠ネットワークの人達により作られた。

最後に木無山の柵が作れたとき、新井君は居なくなってしまった。柵を見る度、彼を思うだろう。


新井和也さんを偲んで

静岡県富士市 鈴木文夫

私が新井さんと出会ったのはいつだったのだろうか?と、思い浮かべてみた。

それは三ツ峠に富士山と高山植物の花の写真を撮りに行った時、三ツ峠山荘の中村光吉さんに紹介されたのが初めてだったと思う。

その時に頂いた名刺には「写真家・ジャーナリスト」とあった。

最初の頃は、どんな方か余り良く知らなかったのですが、何回かお会いしてお話を伺って、登山家でクライミング、バックカントリースキー、高山植物の図鑑の出版と凄い経歴の持ち主の方と知ったのでした。

また、希少植物(絶滅危惧種)の保護活動と単なるルポライターではなく、調査から保護活動などへの行動を実践し、活躍されてこられました。

そんな新井さんとは三ツ峠で防鹿柵(盗掘防止も兼ねて)の設置やテンニンソウ・ササ・ヤマドリゼンマイなどの除伐やカラマツの下枝打ちなど、ブヨと戦いながら何回か作業を行ったことが思いだされます。

そして、夕食後、ボランティアに参加した多くの方々に講座や勉強会を行っていただき、保護問題等について(一献酌み交わしながら・・・)熱く語り合ったのも、今は良い思い出として残っています。

新井さんの著書には高山植物?低山の花までの図鑑を多く出版されており、私のような初心者にも判り易い解説と写真で、登山の時や花の名前がわからない時に活用させて頂いております。

その図鑑には気さくに人柄の現れた暖かい言葉を書き添えて、サインをして頂いており、今ではこの図鑑が私の宝物となりました。

最近では岳人の別冊号「日本の山岳環境を考える」シリーズで、利尻島のリシリヒナゲシ・礼文島のレブンアツモリソウ・三ツ峠のアツモリソウなどの諸問題を提起し、隠す保護から開かれた保護へと取り組んでこられ、この岳人の記事を読み更に深い感銘を受けました。

これからも微力ながら、新井さんの活動に一歩でも近づけるように頑張っていきたいと思っています。

新井さん、いろいろ教えていただきありがとうございました。

合掌


伊吹山(1337m)観察山行

日時 2014(平成26年)8月2日(土)日帰り
集合場所・時間 なんばOCAT(8:00) 梅田大和ハウス本社前(8:20) 米原駅東口(10:25)
※貸切バスを利用します。上記3か所から、ご希望の場所を選びご参加ください。
※東京からは、ひかり503号(東京7:33~米原9:51)こだま633号(東京6:56~米原10:15)をご利用ください。
ほかに東京8:00発のぞみ207号にて名古屋で上記こだま633号に乗り継ぐ(3分)こともできます。
観察場所 伊吹山山頂一帯(山頂駐車場→西遊歩道→山頂→東または中央遊歩道→山頂駐車場)
行程 なんばOCAT(8:00)→梅田大和ハウス本社前(8:20)→(阪神高速・名神)→米原駅東口(10:25)→ 山頂駐車場(11:30)……西遊歩道……山頂(昼食・休憩)……東または中央遊歩道……山頂駐車場(15:00)→(伊吹山ドライブウエイ)→米原駅東口(16:00)→(名神・阪神高速)→梅田(大阪駅桜橋口側)(18:30)→難波(近鉄ビル前)(18:50)
※記時間帯は交通事情により前後する場合がありますので、あらかじめご了承くださいますようお願いいたします。
募集定員 40名(小学生以下の方は、保護者同伴に限ります。)
申込締切 平成26年6月30日(月)(ただし、定員に達し次第締め切ります。)
申込方法 FAX、E-mailまたは郵便はがきに、郵便番号、住所、氏名、年齢、電話番号(なるべく携帯電話番号をお願いします。)
会員番号(一般参加者は不要)集合場所を記載して、下記にお送りください。
持ち物・服装 低山のハイキングができる靴、水筒(ペットボトル)、雨具必携。
申込先 定非営利活動法人 日本高山植物保護協会
〒400-0027 山梨県甲府市富士見1丁目3-28
TEL&FAX:055-251-6180  E-mail:info@(アットマーク)jafpa.gr.jp

当日は、白簱史朗会長も参加される予定です。


日本各地の高山植物No.11 中部山岳地方7

ミヤマシャジン(キキョウ科)8~9月
ヒメシャジンの変種で見分けが難しいのですが、萼片に鋸歯がありません。
ミヤマクワガタ(ゴマノハグサ科)7~8月
花糸が長く伸び、鎧武者の兜の前立ちに似ています。咲く場所により花色が違います。
ヨツバシオガマ(ゴマノハグサ科)6~8月
葉が茎に4枚ずつ輪生して、薄紫の花は数段に付く多年草。
ミヤマムラサキ(ムラサキ科)7~8月
可憐な薄紫の花をつける多年草。
ミヤマハナシノブ(ハナシノブ科)6~7月
花の雰囲気からこのような名前がつきました。北岳と白馬岳に分布します。
 

高山植物一口メモ[オオヤマレンゲ・モクレン科]

オオヤマレンゲ(モクレン科)

北海道を除く、日本各地の山地に自生する落葉低木で、庭木としても栽培される。高さ2~4mで、まばらに分枝、倒卵形で長さ10cmの葉を互生する。葉裏は白く白毛が密生。初夏、枝先に5~7cmの香りのよい白花をつける。花弁は6~9枚、中心に多数のめしべとおしべがあり、やくは、鮮紅色で目立つ。

和名のオオヤマレンゲは、大峰山にあることから名づけられた。レンゲは、花のようすに基づいたという。

以前、この花を尋ねて、弥山を訪れた時は、霧雨の中に、点々と咲く花が、露を含んで美しかったが、その後機会があって、大台ヶ原で、出会ったオオヤマレンゲは、網の中で、悲しげに、うつむいて咲いていた。これも又鹿害から花を守るためだ。一日も早く網のないお花畑や、森林に戻って欲しいと願っています。(写真と文 大内京子)


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